最高裁判所第二小法廷 昭和24年(オ)327号 判決
論旨は原判決の判示に副はない独自の見解に立つて、原判決に理由齟齬の違法ありと主張するものであつて到底採用できない。
同第二点について。
論旨は原判決の認定にかゝる事実関係を以つて、民法九四条二項により、善意の第三者である上告人に対抗することができないと主張するのであるが、民法九四条二項は私法上の取引の安全を保護する趣旨に出た規定であり、権力支配作用である本件農地買収処分には適用がないものと解すべきであるから論旨は採用することができない。
同第三点について。
論旨は自作農創設特別措置法による農地の買収については民法一七七条の適用がある。従つて本件土地の登記名義人である花井なかを所有者としてなされた上告人の買収計画は適法であるにかかわらず、これを不適法として取消した原判決は法律の適用を誤つた違法があるというのであるが、同法による農地の買収については民法一七七条の適用のないことは当裁判所昭和二五年(オ)第四一六号同二八年二月一八日大法廷判決の示すところであるから論旨は理由がない。
以上説明のとおり論旨はすべて理由がないから、本件上告を棄却することとし民訴四〇一条、九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
この判決は裁判官霜山精一の少数意見を除き裁判官全員一致の意見によるものである。(裁判官霜山精一の少数意見は前掲大法廷判決参照)
(裁判官 霜山精一 栗山茂 小谷勝重 藤田八郎 谷村唯一郎)
上告代理人弁護士林徹の上告理由
第一点 原判決は理由に齟齬がある。原判決は「本件土地は凡て控訴人(被上告人)の所有に帰したのであるが、これが登記手続に当り、控訴人が当時馬場家との間に縁談進行中にて、夫たる人の気心も知れぬ内に控訴人名義に登記することは不安であるから、一時仮に花井なか名義を以て登記し置くことに一同の意見合致しこれにより控訴人主張の各日時(昭和十五年四月十三日及び同月二十二日)花井なかに対する前記の如き所有権移転並びに持分譲渡の各登記が為されたこと」を証拠により認定した。従つて本件土地については被上告人は所有権取得の登記なく、却つて花井なかに対して所有権譲渡の登記をしたのである。かかる場合にはその所有権は被上告人の夫たるべき人に対しては、花井なかに所有権があることを主張する趣旨であつて、即ち外部関係においてはその所有権は花井なかに移転したものというべきである。然るに原判決が「外部関係においては花井なかが本件土地の所有者であるという事実をも認めることができない」と認定して、花井なかに対して為したる農地買収手続を違法としたのは理由に齟齬あるものである。
第二点 原判決は第一点に説示した通りの事実を認定して、「このように、花井なかは、登記簿上本件土地の所有者として登記せられたに止まり、真実の所有者は控訴人であるが、このような場合」にも、その買収の「実施は真実の所有者を標準として行われることが実体上の要請であるというべきである。従つて、当初表見上の所有名義に従つて買収手続を開始したとしてもその実施の過程においてこれと異る真実の所有者が他に存し、しかも、その者につき、買収処分をなすべきでないことが明かになつた以上はさきになした処分を取り消してその匡正をはかるのが至当である」と判断している。然し、前記の如く被上告人の「夫たる人の気心も知れぬ内に控訴人名義に登記するは不安であるから一時仮に花井なか名義を以て登記」したような場合には、第三者がその登記を信じて取引を為し政府がその登記名義人たる花井なかの所有として買収手続をすることは、当然であつて、これを違法とするが如きは「表示行為に対する第三者の信頼を裏切ることによつて、その者は不測の損害を与うる」ものであり、民法第九十四条第二項により善意の第三者たる上告人に対抗し得ず、かかる場合にも登記簿上の名義人たる花井なかに対して為したる買収手続は適法であつて、一旦同人に対して為したる買収手続はこれを取消すべき義務なく、若し後日登記簿上の所有名義人と異なる真実の所有者を発見した場合にこれを取消すべき義務ありとせば、買収手続は常に不確定のものであつて、法律の規定に基く買収手続は遂行し得ざるに至る虞がある。従つて
(一) 本件の如き第一点に説示した原判決認定事実によれば、花井なかに対して為したる買収手続は適法であつて、一旦適法に為された買収手続が後日真実の所有者発見せられたるの故を以て取消さるべきではない。
(二) 農地買収手続にも民法第九十四条第二項の適用がある。その手続は自作農創設特別措置法第一条に明定せる如く「農業生産力の発展と農村における民主的傾向の促進を図ることを目的とする」ものであり、民主的に選挙せられた農地委員会によつて行われるものであつて「典型的な権力支配作用」ではない。
(三) 本件買収手続には禁反言の法律の適用がある。政府又は農地委員会は不正行為を保護認容すべきものではないからである。
右(一)乃至(三)に反する原判決の認定は違法である。
第三点 原判決は民法第百七十七条は農地の強制買収に適用すべきではないと判断しているが、これ明かに違法である。
(一) 自作農創設特別措置法による買収そのものは私法上の不動産の取引関係と異なり、その買収の効果を政府から第三者に対抗するに付民法第百七十七条の適用がなく、従つて登記を要しないが、本件において上告人の主張するところは、政府の買収の対抗要件ではなくて、長田一雄、長田孝次郎等より被上告人に対する農地の所有権又は共有持分の譲渡の対抗要件である。その譲渡は、公権力による所有権取得ではなくて、私法上における不動産の取引関係である。その取引関係については、民法第百七十七条の適用あること明かである。その取引関係から見て上告人は明かに第三者である。而して本件において上告人は民事訴訟法上の当事者として長田一雄、長田孝次郎と被上告人との間の私法上の取引たる農地売買の対抗力が第三者たる上告人に及ばないことを主張するものであるから、民法第百七十七条を援用し、登記の欠缺を主張して、被上告人の本件土地の所有権取得を否定することを得ること明かである。
(二) 昭和二十一年法律第四十二号農地調整法附則第二項及び昭和二十二年法律第二百四十号農地調整法附則第二条において、農地の所有権移転登記の完了しているものについては農地調整法第四条の改正規定を適用しないと規定したのは、自作農創設特別措置法による農地買収を逸れんがための脱法行為を防ぐため、農地調整法第四条を改正するに当り、登記のあるものについては、農地所有権移転の効力を認めたものであつて、この立法の趣旨から見ても、農地の買収につき、売買当事者間の農地所有権移転登記の効力を認めたものであり、従つて又登記の欠缺の効果をも認めたものなること明かである。
(三) 農地の所有権移転については、登記がない以上は民法第百七十七条の規定により譲受人自ら所有権取得の事実を主張することができないから、農地委員会が、その譲受人を所有権者として取扱うことを要しないことは、自作農創設特別措置法による農地買収につき、農林省、法務庁その他の関係官庁の取扱例として確定せるところである。この点は、農林大臣及び司法大臣の昭和二十三年二月三日附書面に基き閣議を経て国会において政府の答弁せるところであり、昭和二十三年三月十七日、同年農地第九一号農林省農地部長通達を以て都道府県に公示せられたものの中にも含まれており、農林省農政局農地部の昭和二十三年七月一日発行の農地改革資料第四十号における回答も同趣旨であり、農林省農地局長の昭和二十三年九月二十九日農局第三五六二号通牒も同趣旨である。今次の農地改革に当つては、この趣旨の取扱例頗る多く、原判決の如き認定になると、今次の農地改革の遂行上頗る重大な支障を来すのである。蓋し今次の農地改革に当つては、特にこれを急速に実施することが要請せられ、農地委員会が登記名義の如何に拘らず、常に必ず農地の関係当事者間の契約の上での実体法上の所有権を確定してその者の所有たることを前提として買収計画を定める義務を負うものとすれば、自作農創設特別措置法に基く農地の買収は事実上不可能となる場合が少くない。
例えば農地の所有権について争がある場合に所有者が農地の買収を逸れんがため通謀して所有権譲渡を仮装した場合等には、先ず農地委員会より所有権主張者その他の関係人に対し農地所有権確認訴訟を提起しその確定判決を経た上でなければ買収手続ができないというが如き、不合理な結果となる。従つて、農地委員会は所有権の移転が事実であり、且つ合理的であるときは、未登記でも真実の所有者を対象として買収計画を立てることはできるけれども、それには確定日附ある証書や公正証書のように明瞭な証拠がある場合に、その取扱を為すべきであつて、そうでない場合には、農地委員会としては、当然登記簿上の所有名義人に対して買収手続をなすべきである。農地委員会は登記がなくても真実の所有者が明かな場合には、その者に対して買収計画を立てることはできるが、これがため、登記簿上の所有名義人に対して為したる買収手続が違法となるものではない。登記を怠つておる所有者については、真実の所有権があるか否かを調査確定して後初めて、その者に対して買収手続をなすべき義務なく、登記簿上の所有名義人に対してなしたる買収計画その他の手続が有効なること明かである。 以上